目黒区の防災問題まるわかり

2013年7月

~大地震の備え 大丈夫ですか~

駒場の防災訓練(2010年10月)
大地震が突然、東京を襲ったら、あなたはどんな行動をとりますか。「防災」は人命にかかわる最も大切な問題と されながら実際には、行政の取り組みも住民自身の心構えや備えも残念ながら十分とは言えません。6月の東京都議選 でも大きな争点になりましたが、自分が住む地域の防災対策について関心を示さない住民が少なくないのが現実です。

さて、目黒区はどうでしょうか。どのような対策が取られ何が問題になっているのかを、区や住民組織、区議会各会派、 学校などに取材し、一般の住民の目線で現状と課題を検証しました。それを基に、難しいお役所用語をできるだけ使わ ないようにしてまとめたのが、この「防災問題まるわかり」です。多少なりとも地域の防災担当者や住民のみなさんの ご参考になればうれしいです。

<フリーランス記者・上出(かみで)義樹=駒場在住>

この「防災問題まるわかり」で扱う主な内容は以下の通りです。

想定される地震の被害
目黒区の防災計画のポイントと行政の考え方
町会や住区住民会議など住民組織の取り組み
学校と地域の連携の問題
区議会各会派への質問と回答

(1)大地震が起きたら目黒区でどのような被害が想定されるのでしょう

地震への備えや対策には、まず、どのくらいの被害が予想されるのか、具体的なイメージを持つことが必要です。 目黒区が今年3月に発行した小冊子「防災行動マニュアル」では、東京都防災会議が昨年4月に公表した首都直下型 の東京湾北部地震による被害想定の中から、目黒区の部分を表にまとめています。これには「被害の規模が過小に想定 されている」との専門家の意見もありますが、一応の目安として以下に紹介します。

※被害想定の前提条件  震度6強(マグニチュード7.3、震源10㌔)の地震が、晴天で秒速8㍍の風が吹く冬の 午後6時ころに発生したと想定

◇建物の被害(目黒区内の建物総数は昨年5月現在で64,485棟)

①全壊棟数 2,538棟(区内の建物総数の3.9%)
②半壊棟数 6,126棟(区内の建物総数の9.5%)
③焼失棟数11,232棟(区内の建物総数の17.4%)
④エレベーター閉じ込め件数 152台

◇人の被害(被害想定の基になっている目黒区の人口は約26万5千人)
①死者数  332人   ②負傷者数 3,195人   ③帰宅困難者数 78,206人 ④一時的な避難者数  94,335  ⑤避難生活者数  61,318人(全民区の23.1%)

(2)目黒区の防災計画・行政の考え方

こうした被害想定を受けて、行政や地域の住民組織などはどのような備えや対策を考えているのでしょう。 まず、目黒区の取り組みのポイントを紹介します。

◇区民への呼びかけ 突然の地震に対処する「 10のポイント」

  目黒区は地震発生時の心得・対応などについて、区のホームページで区民に向け次のような「10のポイント」を 載せています。まず、それを見てみましょう。

1 ぐらっときたら、身の安全2 すばやい消火、火の始末
3 窓や戸を開け、出口の確保4 ガラスのけがに注意する
5 落下物、あわてて外に飛び出すな6 自動販売機・ブロック塀に近づくな
9 避難の前に安全確認、電気・ガス10 正しい情報・確かな行動

もちろん、この「10のポイント」は目黒区に限ったものではありません。どの地域にも当てはまる住民自身の心得をまとめたものですが、実際には、地震に強い住宅の普及促進など、行政の責任で税金を使って取り組まなければならない防災対策がいろいろあります。 それら諸々の対策を盛り込んでつくられたのが「目黒区地域防災計画」です。区は国や東京都の防災対策との整合性も取りながら今年3月、最新の「防災計画」を発表しました。  この新しい「防災計画」の基本となる考え方をごく簡単に説明すると、税金の使い途とも重なる行政の役割や責任と、 住民や地域がやらなければない役割・責任の区分を、従来よりも明確にしようということです。それを端的に示す キーワードが、次に取り上げる「自助」「共助」「公助」という言葉です。

◇「自助」「共助」「公助」って、何のことかわかりますか?

目黒区が今年3 月25日付「めぐろ区報」で解説した新しい「地域防災計画」のポイントとして最初に登場するのが、 「『自助』『共助』と『公助』の連携を推進」という文言です。

「自助」とは住民(区民)自らが自分や家族を守ること、「共助」は同じ地域の住民らが互いに助け合うこと、 そして、「公助」は国や都や区など行政が果たすべき公的な役割・責任のことです。この<「自助」「共助」と 「公助」の連携>は、福祉の問題などでも同じ言葉を使って政府などが呼びかけています。

防災対策で行政と住民がどこまでそれぞれの役割や責任を果たべきか、という問題については税金の使い途や自己責任などに対する考え方の違いにより、議論が分かれるところです。目黒区は今回、東京都の方針に沿って、「自助」と「共助」、つまり住民や地域の役割を従来より重視し、それを「公助」(行政)が支えるというやり方を基本にしています。

しかし、これを住民への「自己責任」の押しつけととらえたり、行政の責任をより重視したりする政党もあります。 こうした考え方の違いについては、「まるわかり」の最後に紹介する区議会各会派への「質問と回答」を参照してください。

(3)住民組織の取り組み

 今回の取材でわかったのは、「自助」「共助」「公助」の言葉の意味を含め、目黒区の「地域防災計画」の中身を知っている区民がそれほど多いとは言えないことです。そんな中で、それぞれの地域ではどのような住民レベルの防災対策が取り組まれているのでしょうか。

◇地域の防災対策の担い手は.町会と住区住民会議

 区外から転入してきた人にはちょっとわかりにくいのですが、目黒区には、昔からある町会(町内会)のほか、他区にはない「住区住民会義」(通称・住区)という独自の住民組織があります。「住区」は、区内22の行政区域ごとにいくつかの町会を束ねた住民組織で、一定の活動に対して区から事業費が支給されます。各住区では大地震に備え、町会と住区住民会議が一体となって、それぞれ防災会議を設置しています。 

今年6月7日に開かれた駒場防災会議で震災 対策の要点などを学ぶ参加者
 例えば、東京大学の教養学部がある駒場地区では今年6月7日に、町会と住区の役員や防災担当者ら約40人が参加し、駒場防災会議が開かれました。駒場1丁目から4丁目まで約7千人の住民が暮らす同地区では他地区同様に防災会議の会則で、大地震発生時には「災害対策本部」が駒場住区センター内に設けられることになっています。 その駒場防災会議で今回、最大のテーマとなったのは、目黒区が想定する震度6強以上の地震で住宅などが大きな被害を受けた場合、避難生活を余儀なくされる住民のために小学校などに設置される避難所の担当者の選任と運営をどうするかという問題です。

◇小学校などに設置される避難所の運営をどうするかが切実な課題

 目黒区は区立の小中学校と都立高校を中心に計38か所の地域(一次)避難所を指定。このうち、駒場地区では駒場小、都立駒場高など、住区単位で区内最多の計4校の地域避難所が決まっています。さらに、補完(二次)避難所として、駒場1丁目にある日本工業大学付属東京工業高校の設置協力を得ています。これらの避難所を運営する組織として、防災会議のもとに避難所運営協議会があります。 目黒区の「防災行動マニュアル」によると、駒場地区に限らず、地域避難所は「避難者、 地域住民、区職員、学校教職員、ボランティア等多様な人々が役割分担し、協力して自主的な運営」に当たり、「区からの(災害)情報の提供」のほか、「給水や支援物資の配給拠点」となることが説明されています。

しかし、実際に大地震が起きた場合、建物倒壊や交通渋滞などの混乱が予想されるなかで、区職員や住民組織の防災担当者らが速やかにそれぞれの避難所に集まることができるか、といった心配もあります。駒場地区は避難所の担当者の人選を8月末までに終える目標を立てていますが、どの地区も、避難所で活動する担当者や住民ボランティアなどを必要な数だけ確保できるかどうかに頭を痛めているのが現状です。各地区の防災会議の役員からは「みなさん、そう簡単に引き受けてはくれません」との声も聞かれます。

 ◇防災「先進」地区を取材しました

大地震に備えた地域の取り組みは、避難所の運営だけではありません。消防団を中心に した防火・消火活動、負傷者や高齢者、障害者らのケア等のほか、災害を想定した活動としては毎年秋に行う住民参加の防災訓練などがあります。 こうした防災の取り組みについて、駒場町会の石塚友宏会長は6月の駒場防災会議で「地域の対応の仕方で生存率が変わってきます」と、その大切さを指摘。また、インタビューに応じた井上満昭副会長は「防災活動を前に進めるためにも、高齢化が目立つ町会の若返りと活性化が大きな課題。難しいが、埋もれた人材は必ずいるはず」と力を込めます。 それでは、目黒区内の他地区はどのような防災の取り組みをしているのでしょう。「先進」地区とされる八雲、菅刈(すがかり)の両地区を訪れ、担当者から話を聞きました。

昨年11月の八雲地区の避難所運営訓練では 備蓄物資のチェックも=八雲住区住民会議提供
 ▼防災訓練の内容を本番に役立つように工夫する八雲地区 

八雲地区は避難所訓練の内容を本番に役立つように工夫するなど、より実践的、機動的な防災活動を目指しています。5つの町会やアパート住民協議会からなる八雲住区は2007年から、防災対策の中核部隊として「災害時対応委員会」を立ち上げ、年に1回、八雲小学校で避難所運営訓練を実施していますが、昨年11月の訓練からやり方を変えたのです。 大地震が起こった直後の避難所の実際は、参集できた少人数の住民が多くの業務をこなさなければなりません。従来は委員会のスタッフの担当業務の訓練が中心で、それぞれのスタッフが避難所運営全体の業務を把握することが困難でした。 そこで、一般住民も参加していた訓練のやり方を思い切ってスタッフ中心とし、地震発生後半日の事態を想定して、約60人が3グループに分かれ9つの項目を訓練しました。参加者からは「何が備蓄されているか始めて知った」「ポンプの操作訓練は年に何回かやらないと忘れてしまう」などの声が聞かれました。訓練の指揮を執ってきた一人、八雲防災会議事務局次長の北澤尚文さんは「細かく役割分担された訓練だけでは、初期の避難所立ち上げに即応できません。東日本大震災を経て、発災時の状況をきちんと想定した訓練の大切さがわかりました。今年はこの集中訓練と、広く住民に呼びかける大規模訓練の2回を予定しています」と語っています。

▼菅刈地区は企業やNPOの力を活用

有名量販店や大企業の営業所などを含め商業活動が盛んな菅刈地区は、マチづくりの 核になってきた商店街が、防災活動でも大きな役割を担い、地域の防災会議には大型店のドンキホーテなどもメンバーとして参加しています。また、避難訓練などの会場としても使われる菅刈公園は、非営利組織の地元NPO団体が維持・管理に当たっています。 東日本大震災の発生から7カ月後の2011年10月に開催された同公園での「住区まつり」 は、「防災」と「チャリティー」が一体となったイベントとしてにぎわいました。

こうした盛り上がりについて、6つの町会からなる菅刈住区住民会議会長の坂本悟さん は「防災活動を支えているのは、地域のコミュニティーのさまざまな日常活動です」と語り、地元の企業やNPOの協力を含めた日ごろの取り組みの大切さを強調します。

(4)学校と地域の連携

区立の小中学校や都立高校は、地震で住宅やマンションなどに大きな被害が出た場合、既に紹介したように一次的な地域避難所になります。このほか、東大教養学部や東京工大、筑波大付属高、私立の中高一貫校などさまざまな学校が集まる目黒区は、防災問題で他区以上に、学校と地域の連携の大切さが指摘されています。現状はどうなっていて、どのような課題があるのでしょう。

◇避難所運営と目黒区の学校選択制

補完(二次)避難所に指定されている目黒区内の私立高校の防災用具
 大地震の発生に伴う地域避難所は、区立の小学校と中学校を中心に設置されます。ただ、目黒区では、生まれ育った本来の校区以外の学校に行くことができる学校選択制があり、PTAの父母らの協力が必要な避難所の運営などで、学校と地域との連携を弱めることを懸念する声が一部に聞かれます。この学校選択制の議論は、区議会各会派から寄せられた防災問題の回答の中にも見られ、いくつかの会派が批判的な見解を示しています。

◇ 昼間に地震が発生したら生徒や学生はどんな行動を

もし、大地震が昼間に発生し、遠距離通学の高校生や大学生が帰宅困難になった場合、可能な範囲で生徒・学生を最寄りの地域の避難所運営や被害者支援などのボランティア活動に参加させるべきだという議論があります。実際に、補完(二次)避難所に指定されている区内の私立高校では状況次第で、体育系サークルの部員らを、救援物資運搬などのボランティア活動に参加させることを検討しています。一方で、ボランティアより生徒の安全確保を最優先させることを強く望む父母らの声もあります。 現実には、東大の対応などを含め、学校と地域の話し合いは全体としてまだ、十分に煮詰まっているとは言えないようです。


防災問題について目黒区議会各会派への質問と回答

防災問題について、区民から選ばれた議員たちはどのように考えているのでしょうか。目黒区議会の各会派に対し 、以下に掲げる4項目の質問をし、その回答を一覧表にまとめました。

<区議会の各会派に対する質問>

①目黒区がこの3月に発表した地域防災計画では、「『自助』『共助』『公助』の適切な連携」を掲げています。しかし、これには、「『自己責任』を住民に押し付けるもの」との反対意見と、「ある程度の自己責任、自己負担は必要」との賛成意見が聞かれます。これに対するお考え方をお聞かせください。

②大地震への備えや、実際に災害が発生した時に、行政や地域(住民組織など)が取るべき対応で最優先すべきことは何でしょうか。防災問題でとくに重視していることや、ご自分の政党、あるいは企業などとして、特別に力を入れている政策、対策などがあればご教示ください。

③目黒区には進学校などが多いこともあり、防災問題では、他区以上に、「学校と地域の連携」の大切さが指摘されています。しかし、現状では、学校と地域の意思疎通が十分とは言えないとの声を聞きます。もし、日中に大地震が起きた場合、生徒・学生は帰宅させるのか、あるいは地域で何らかのボランティア活動に参加させるのか、などについて各学校の具体的な対応策が一般の住民にはあまり知らされていません。この問題に対するお考えをお聞かせください。

④防災対策は住民組織なしに成り立ちませんが、目黒区では町会と住区組織の2種類の組織があります。この二重構造とくに、住区に対しては「官制コミュニティー」「屋上屋」との否定的な受け止め方もあるようです。住民組織のあり方と、これへの行政のあるべき関わり方についてお考えをお聞かせください。

質問は2013年5月1日までに、区議会のすべての会派(政党)に対して行い、次の6つの会派(政党)の区会議員から回答がありました。

自民党・二ノ宮啓吉区議回 答
公明党・武藤まさひろ区議回 答
刷新めぐろ(民主党)・香野あかね区議 回 答
日本共産党・岩崎ふみひろ区議回 答
みんなの党・秋元かおる区議回 答
生活者ネット・広吉敦子区議 回 答

一覧表で紹介している区議の回答の中には、必ずしも会派全体の統一見解ではなく、区議の個人的な意見を基にした回答も含まれています。

また、回答を辞退した「無所属・目黒独歩の会」と、5月21日に区議会に会派届けをした「日本維新の会」からは回答をいただいておらず、一覧表には掲載していません。

回答一覧表


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