理論経済学を専攻する

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二年生の後半になると、経済学の分野で何を専攻し、どのゼミに入るかを考えねばならない。

経済学部の花形はやはり理論経済学でしかも慶応は近経といわれる数学を駆使したアメリカ流の経済学の精鋭がそろっており高い評価を得ていた。

私自身はどちらかというと文系で文学とか歴史など人間にかかわる学問に興味があり、高校生の時は数学は好きな科目とは言えなかった。大学を出たばかりの若い先生が難しい理論を振りかざして「俺の言っていることを理解できる奴が何人かいればいい」と言わんばかりの授業をやり、私には数学の授業は苦痛であった。やむなく当時数学の受験書として定評があった岩切先生の「解析T」で何とか理解できたといっていい。

大学に入って驚いたことの一つだが微分積分の担当教授がなんと上記の本の著者その人であったことだ。しかも教え方が全く違う。難しい内容を噛んで含めるように、出席している生徒誰もがわかるように教える。これが本当の教育なんだなと思った。この時私は数学というのは興味深い学問であるということを初めて知ったのである。

だから理論経済学に進むことに躊躇はなかった。当時日本は1960年代の初めで高度成長期に入り始めたころで、私はこの日本の経済成長モデルを開発途上国に移転することが出来れば、彼らが貧しさから自ら開放する一助になるのではないかと考えていた。

したがって理論経済学のゼミに入会して、この考えをビジネスの世界に入って推し進めるべく理論武装をしたいと思ったのである。

問題は私が目指すゼミが最も入会が難しいとされていたことだ。ぺーパ―テストがある。倍率は2−3倍という。だがここで弱気になるわけにはいかない。テストを受けた。 一枚の英文を翻訳せよというもので、あれはたしかピグーの「厚生経済学」の一節だったと思う。きちっと翻訳できたと思つた。。数日後合格の通知がきた。

後で助手の人に「あんな一枚のぺーパーテストで合否を決めるんですか」と聞いたところ、「まず応募者の入学試験の点数で上位20%以内にない者はおとす。後はあのペーパーテストで判断して合否を決める」とのことであった。

3年生になって初めてのゼミに出席した。仲間は秀英ぞろいという感じだった。夏までに卒論のテ―マを決めること、4年になるとそのテ―マについてプレゼンテ―ションをすること、一人一人に担当の助手を付けるから教えを乞うようになど矢継ぎ早に課題が課された。

教授から「当ゼミはよく学び、よく遊ぶ」がモットーとしており、遊びの委員も設けているという話をきいた時にはほっとした。年間予定表には、5月に入会歓迎会、夏の合宿、秋には先輩との交流会、バス旅行と盛りだくさんだ。

一年先輩の研究発表がさっそく始まったが、質疑応答に入ると、助手達や仲間から質問が相次ぎ、厳しい批判にさらされる現場を目の当たりにして、身が引きしまる思いだった。

小林 元 (こばやし はじめ)

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