えり子との出会いーその4―

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この宿ともあと数日でおさらばだなと思っていたら、私の机の上に桜草でふちを彩られたかわいいメモが置かれてあり「明日の午後2時このあいだのところでお会いしたい。えり子」とあった。「やはり来たか」との思いだった。このままで別れてしまうのは何か心残りがする、私もそんな思いがしていた。

そこにはえり子がいた。「あさって帰ってしまうのね。せっかくいいお友達になれたのに。別れるのは悲しいけど、これでもう会えないということではないでしょう。あなたは来年の春東京に出て大學に行く。私も再来年の春には東京に行きます。いつかお話したようにもっともっと大きな世界を見たい。そこでまたお会いできるわね。きっとよ、約束して」そういうと彼女はわたしの手をとり小指を絡ませ「指切りげんまん」という例の句をとなえた。

「先ほど神社に行っておみくじを引いてきたの、貴方の分も。すごいの、二つとも「大吉」だったのよ。私たち運が開けているのかもしれない。」と彼女はいった。 「それひょっとして貴女が神主さんに手をまわして、{大吉}だけ取り出してもらったんじゃないの」そう言って私が冷やかすと、彼女は「貴方って意外に意地が悪いところあるのねえ。今後気をつけなくては」といって笑った

「バスのところまで、お見送りに行かない。私ひとに分かれる時、感情が高ぶってしまうことがあるの。だから宿の二階からお見送りをします」

そういってから突然立ち上がり「3週間ご滞在頂きまして誠にありがとうございました。至らぬ点も多々あったと思いますが、おゆるしくださいませ。又のご来訪をお待ちしております」すっかり若女将になりきったような挨拶を残して彼女は去って行った。

別れの時が来た。バスの窓越しに宿の方に目をやると、二階の部屋の欄干に大きく手を振っているえり子が見えた。ここでよいひと夏を過ごすことができた。これは私にとって忘れえぬ青春の一コマになるに違いないと思った。私にも英気が沸き上がってきた。これからの半年、浪人だなんてしょげ込んでないで本来の俺をとりもどし勉学に励み、来年は大学に行こうと心底思った。

 

小林 元 (こばやし はじめ)

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