イタリア人のライフスタイルの神髄

−ミラノに14年間住み着いて分かったこと−

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3 イタリア人のライフスタイル

(8)ワインとオリーブオイルへの深い思い入れ

いまイタリアワインの日本人愛好者は増えて私の周りにもたくさんいる。

私とワインとの出会いは60年も前にさかのぼる。会社に入ったころ、「ポートワイン」という国産の赤ワインを口にしたことがあったが、うまいとは思わなかったのを覚えている。 1968年私はポルトガルのオポルト市の近郊にある会社へ、数か月主張を命じられ滞在したとき、本場のポ‐トワインをいく度も口にしたが、これもうまいとはおもわなかった。 私は生来下戸で酒をたしなむセンスはないのだなと思っていた。

ところがである。1975年初めて出張でミラノに赴き、現地駐在の商社の人に 夕食に招かれて「私はワインは苦手で」というと、「そんなこと言わず本場の白を飲んでみて」といわれ、北イタリアのアルトアデジ地方の白ワインを口にして「う!これは何だ、うまい」と思わず叫んでしまったのを今でも覚えている。新鮮なブドウのさわやかな香りがのどもとを通り過ぎてゆく感触がたまらなく心地よいのだ。こんなうまいワインがあるのかとあの時おもった。

ミラノに住み込むようになっても、量はグラス一杯がせいぜいなのだが、外で食事を取る時には、白か赤を口にして楽しむようになった。

そのようにして、だんだんイタリアの食文化に入り込むようになって、私はこのワインとオリーブオイルは地中海の食文化を代表する食材ではないかと思うようになった。

ポンペイやクレタの遺跡を見ても必ずそこにはワインとオリーブオイルが顔をのぞかせているし、ルネッサンス期の名画にも食卓にさりげなく姿をみせている。

イタリアの人たちは、オリーブオイルを口にするだけでなく、髪に、頬に、体につけるという。彼らはワインとこのオイルを神から授けられた貴重なものと考えているのではないか。赤ワインが教会でキリストの血として信者に授けられているのはよく知られている。

面白い話がある。1992年ナポリサミットがあり、村山首相が来られたが、初日の会議には胃腸の調子が悪くなり欠席された。前の晩に食したイタリア料理のオリーブオイルが原因ではないかという話が随行団から漏れたらしく現地紙に報道された。それからが大変。翌日、イタリアオリーブ協会の会長が紙面で「とんでもない話だ。イタリアではオリーブオイルは消化を助けるものとして、胃腸の調子の悪い時にもとるものとされているぐらいだ」との談話が出て話題となった。

イタリアでは少し大きな家には「カンティーナ」という地下室があって、温度も多少低く保たれていて、そこにワインを貯蔵しておくのが習わしのようだ。私が借りていたマンションにも六帖間ぐらいのものがあった。週末にミラノから1時間半ぐらい車を飛ばせば、トリノ近郊にはバローロなどの著名な赤ワインの里へたどりつく。だから家族そろって週末に、その地のうまいものを昼食にとりながら、お気に入りのワインを50本60本と卸値で買ってきてこのカンティーナに保存しておくのだ。面白いのは人の家に呼ばれたとき、この自分 が産地まで行って買い込んできたワインを、お土産として持参するのが最上の贈り物とされているようだ。そして呼ばれた席で、そのワインのいわれ、例えば何年物でこの年は日照時間が長かったからとか得々として説明する。それがひとしきり座をにぎわせるのだ。

また比較的ハイクラスの人々と昼食をとっていて、気が付いたのは日本ではまずないと思われるワインの楽しみ方を彼らはしていることであった。仲間で金を出し合って、赤ワイン、例えば有名ブランドの一つ、ブルネロモンタルチーノのできたばかりのものを10樽ぐらい買うのである。これは彼らにとってみればこずかいでの投資である。5年ぐらい寝かす。世界的なイタリアワインブームに乗って2割や3割の利が得られたこともあったという。外れることも当然ある。仲間がトスカーナ地方に出かけたときに、どれだけ熟成したか試飲してくる。味がどうだったかとか、今市場価格はどうなっているとか、取らぬ狸の皮算用を飯を食いながら彼らはひとしきりやるのである。

私のところに役得で10数本のワインが転がり込んできたことがあった。 本社の幹部がウンブリア州にあるアルカンターラ社の工場に見学に来られた。昼食の時イタリアのワインのどれがうまいかという話しになったが、出席していた5人のイタリア人部長たちが「おらが里のワインが一番」と主張して譲らず、喧々諤々の言い合いの場となった。

驚いたことに、翌日の朝、泊まっていたホテルに各人自慢の郷里のワインが数本、合わせて10数本とどけられていたのである。「残念ながら日本に持って帰れないから、君にあげるよ」との言葉をいただき、工場に駐在している日本人技術者と分け合って、6本ぐらいミラノの自宅に送ってもらい大事にカンティ―ナにしまい込んだことが思い出される。イタリア人にとってワインと郷土愛は固く結びついているのだと思う。

小林 元 (こばやし はじめ)

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