イタリア人のライフスタイルの神髄

−ミラノに14年間住み着いて分かったことー

PDFファイル

2 感性に生きるイタリア人たち

(5)イタリアの上流階級の人々とパ―ティで話したこと

ミラノのいわゆる上流階級人とどんな話をしたかを話そう。そこは今まで経験したことのない世界が待っているだろうとは想像していた。しかし私が想像していた世界とはちがっていたのだ。

まず驚いたのは、日本なら初対面の人には名前を告げて名刺を出すのが当たり前だが、彼等は名乗つたあとに告げるのは自分が携わっている職業例えば公認会計士であるとか、会社を経営しているとか、デザイナーであるとかをいうだけである。

名刺を差し出す人はいない。我々日本人は名刺にある会社名と、地位で8割方その人を判断する。それがないのだから何で判断したらいいのか。

私も何回かこのような場をふんで分でわかってきたのだがこの世界はどうも日本とはだいぶ違うらしい。いや欧米のいわゆるエリート階級のパーティではこれが普通であって、日本の方がむしろ特殊であるのだ。ここに一人に人間がいる。どんな会社にいてどのような地位にいるかは2の次。この私を見れば、装いを見て話をすればどのような程度の人間かお分かりになるでしょうと暗黙に言っているのだと思う。

彼等の話題も違っていた。トップマネジメント講座の人から「そのような場でビジネスの話をするのはご法度です。彼等の関心事は「人間としてこの世をいかに美しく楽しく生きるか」ということです。あなたにはおそらく日本文化のことを聞いてくると思いますよ」といわれていた。

会長から一人の女性を紹介された。ファッションビジネスの人間ではない私でもその名前は知っているミラノの有名ブランドのオーナーであった。彼女がまず口にしたのは「貴方にとって禅とは何ですか」という問いであった。「なぜそんなことに興味があるのか」というという当方の質問に対し、彼女の答えは次のようなものであった。「今ヨーロッパのファションは、内なる美をどのように表現するかという方向へ向かっています。あたらしい表現を求めて世界中探しまくりました。漸くたどりつぃたのが、ほかならぬあなたに国、日本なのです。日本の新鋭デザイナ―たち、特にその中で特に川久保玲の「黒の衝撃」が印象的でした。彼女が作り上げた黒の調和の中に私たちは「日本人の持つ深い精神性」といったものを感じたのです。その根底には「禅」の思想があるといわれています。だからお聞きしたいのです」と。

私がまず驚きを隠せなかったのは企業の経営者の思考が、モノ作りの根底にあるライフスタイルや文化、さらには哲学や思想にまで及んでいることであった。我々日本のビジネスマンや経営者の中にモノ作りを考える際に、この様な人間の深層まで思いを致す人が果たして何人いるであろうか。そして日本人でありながら、日本の伝統文化について表面的なことを撫ぜただけでほとんど知らず、ヨーロッパのモノ作りの最先端の場で、それが注目を浴びていることを外国人によって知らされたことを私自身深く恥じた。

彼等が話題として取り上げるのは主として、今期上演されているオペラの歌い手のことや開催されている絵画やデザイン展、話題になっている出版物などだが、時にはこちらの意見も求められる。私も務めてそう言った話題に目を向けていたつもりなのだが、仕事に時間を取られてしまって疎いことが多く、急に言われるとかなり危うかったのだが、有難いことに家内が通っているイタリヤ語教室や料理教室で聞きこんできたり、現地の新聞の文化欄を辞書を引き引き読んだ知識で何とか間を持たせてくれたのには有難かった。こうして私たちは何とか彼等の仲間で「アミ―コ」認知されたらしく、その後も招待状が送られてきた。

小林 元 (こばやし はじめ)

<前へ ー 次へ> :目次