イタリア人のライフスタイルの神髄

−ミラノに14年間住み着いて分かったことー

PDFファイル

1 はじめに

私は東レが開発した極細繊維の技術をイタリアへ持っていって、イタリア人が得意とする感性マーケティングと結び合わせ、「アルカンターラ社」を設立、25年かけて現地経営誌が同社を「イタリアNOIの中堅企業」と評価するまでに育て上げた。イタリアというと日本ではいわゆる食べること(mangiare ),歌うこと(cantare),amore(愛すること)の国であって「働く方はちょっとね」と捉えられているようだ。しかしこれは、旅行者あるいは留学生などの短期滞在者の目に留まった彼らの生活の表面の一部であり、それをマスコミが面白おかしく取り立てているように私には思われる。

千人に近い現場労働者、事務員、管理職、経営者を束ねて会社を経営してゆくには、各階層それぞれの考え方、生き方を理解し、それぞれが出来るだけ満足して働くような環境とは何かということを常に考えていかねばならない。イタリア人は長い歴史とルネッサンスという輝かしい時代を背負って各階層が今という時を必死になって生きている。

私は14年間の滞在をとうして彼らの生き方をできる限りその深層にまでさかのぼってみてきたつもりである。もちろんこれがイタリア人の全貌だなどというつもりはない。外国人一居住者の部分的な観察であろう。しかし冒頭で述べた様なうわべだけを見た評価よりは神髄に近いものといえると思う。ビジネス面についてではあるが、私はイタリアについていくつかの本を上梓してきた。その一部はイタリア語に翻訳されて現地で出版された。それらの活動に対してイタリア文化会館から「マルコポーロ」賞、さらにイタリア政府から「コメンダトーレー連帯の星騎士勲章」を授与されている。私がやってきたこと、書いてきたことがイタリア人にも評価されているということだと思う。

2 彼らのライフスタイルの根底にあるもの

私は彼らの生き方の根底にはあのルネッサンスの精神がいまも脈々と流れていると思う。 ルネッサンスとはフランス語のrenaitre(再び生まれる)から来たものであり、中世のカトリック教会の権威の下で長らく忘れ去られていたギリシャ、ロ―マの古典文化の価値を再発見し、人間本位の立場から何物にもとらわれず世の中をみつめ、現世の生活を楽しみ、個性の発揮を目指すというものであった。ルネッサンス華やかなりし頃のメジチ家の当主ロレンツォ・メジチは「生きることは喜びなるかな、この一瞬を完璧に生きるべし」といっている。人間の本性の中には確かに悪の部分がある。しかしこれと戦うことばかり考えていては、人生は暗いものになってしまう。イタリア人は「アルプスの北の人々を見てごらん。暗い顔をして生きているだろう。我々は違う、一度きりの人生なんだから、楽しく生きようよ」と言っている。

犬養道子はドイツのボンに長く住んでいたが彼女の著作の中に「パーティの席上バカンスでイタリアに行く話になると、途端に話が盛り上がる。彼らの胸の底にはイタリアへの憧れがあるようだ」という記述がある。(ラインの河辺―ドイツ便り)中央公論社。

ワイマ―ル公国の宰相であったゲ―テが、1786年突如政務を全て投げうち、馬車を駆けてイタリアへ旅立ったのは、心の中に湧き上がってくるルネッサンスス芸術への渇望があったからだといわれている。

私が見たところ、確かにイタリア人は生きることを楽しんでいると思う。彼らのライフスタイルを分析してみると、まず下部構造に「ルネッサンスの精神」があり、その上にかれらの生き方が乗っている。生き方のおよそ半分を(地域にもよるが)TEMPO LIBERO(自由時間)が占め、残る部分がLABORO(労働)である。自由時間を自分の思う通リ過ごすのは当然だが、彼等は労働にも極力自分の考えを生かそうとする(自己実現)。そのためには働く場として、自営業か、中小企業を好む性向がある。彼等は自己実現ができる仕事と悟るとすさまじい馬力で働く。「北イタリアのエグゼクティブは狂気の様のように働く」という言葉がヨーロッパにはあるくらいである。

自由時間を彼らがいかに楽しく過ごしているかについては、すでにマスコミで嫌というほど紹介されている。楽しく生きるために彼らが最も力を入れているのが、冒頭に述べた、食べる、歌う、愛することであろう。そして私が加えたいのが、装うこと(衣)と家族親族と気の置けない仲間(AMICI)との語らいであろう。これらはいずれも人間の感性に関わる活動である。

私はこれからこのサイトをお借りして、彼らの生き方、すなわち自由時間と労働について、私が14年間の滞在と仕事で得た今まで日本では報じられていないイタリア人のライフスタイルの神髄をお伝えしたいと思う。

今日本は「失われた20年」といわれる停滞の中で喘いでいる。これから述べることが我が国がこの停滞から抜け出しさらに発展してゆくための糸口あるいはヒントになれば、幸いであると私は考えている。

小林 元 (こばやし はじめ)

次へ> :目次