● 写真はここをクリック
<駒場キャンパスの歴史>
駒場キャンパスは、明治11年(1879年)に開校した駒場農学校の敷地にあたる。駒場農学校は後に東京帝国大学農科大学となり、昭和10年(1935年)には第一高等学校が本郷から駒場に来て、農科大学が本郷に移った。そのとき付属農業教員養成所は駒場に残り東京農業教育専門学校となった。また、一部は東京農工大学の前身となる東京高等農林学校として府中に移転した。そうした形で分散することになった駒場の農学を、その歴史をこの地に刻むために、駒場農学碑が昭和11年3月に現在の駒場Tキャンパス内に建てられた。東京農業教育専門学校はその後東京教育大学農学部となり、昭和53年(1978年)に筑波大学としてつくば市に移転してその100年の歴史を閉じるまでまで、井の頭線の南側にも大学のキャンパスがあったのだ。現在は、駒場野公園、都立国際高校、大学入試センター、駒場体育館の敷地となっている。駒場野公園に残されたケルネル田圃は今も近代農学発生の地としての名残を留める。詳細は東大農学部のサイトで歴史を刻んだ写真と地図を公開している。
<駒場Tキャンパス>
東京大学の駒場Tキャンパスは、農科大学が第一高等学校となった場所にあたり、現在東京大学大学院総合文化研究科・教養学部、東京大学大学院数理科学研究科が置かれている。東京大学教養学部は旧制第一高等学校と、戦後中野のキャンパスから駒場に移っていた旧制東京高校とが昭和25年に東大に合流したものである。正門は井の頭線の駒場東大前駅と直接つながっているが、車でたどり着くのは大変だ。
第Tキャンパス、第Uキャンパス共、一般聴講ができるセミナーなどが数多く開催されている。特に、都立国際高校の生徒の履修単位として認められている高校生のための金曜特別講座は通年で開講されている誰もが興味を持てる内容の公開講座だ。
第Tキャンパスではセミナーなどの他に、駒場博物館で企画展示があり、第一高等学校時代からの講堂では、オルガン演奏会が開催される。駒場ファカルティハウスでは、ルヴェソンヴェール駒場、ファカルティクラブ橄欖 の2つの森の中の庭園レストランで食事をすることができる。 また、東側のコミュニケーションプラザには2フロアのカフェテリアと、イタリアン・トマトのカフェが、これも緑におおわれた環境の中にある。コミュニケーションプラザの奥には多目的ホールとして駒場小空間があり、学生の演劇や演奏会の場として使われている。そのそばにはNPO法人東大駒場地区保育所が設置されている。
第Tキャンパスには陸上競技場、ラグビー場、野球場、テニスコート、ホッケー場があるのだが、1917年に極東オリンピック東京大会が開催の場となったそうで、当時は東京で最大のグランドであったといわれる。
正門の横には、平成17年12月に駒場バラ園が寄贈したバラが植えられていて、駒場バラ会が管理している。バラの花咲く大学というのも日本ではそれほど多くはないだろう。
<駒場Uキャンパス>
駒場第Uキャンパスは、農科大学の敷地内に、昭和5年(1930年)、東京帝国大学航空研究所が設立されたことから始まる。寺田寅彦、本多光太郎 といった当時の日本の頭脳の粋が集まった場所でもある。現在、 先端科学技術研究センター、生産技術研究所、国際・産学共同研究センター、駒場オープンラボラトリー がある。駒場東大前駅西口から、ガードをくぐり、第Tキャンパスと反対方向に住宅地の中を歩いていく。民藝館の横にあるのが東門だ。宇宙航空研究所と呼ばれた時期もあり、その名からコスモス(宇宙)通りと呼ばれるようになった通りに面する正門と西門は小田急線の東北沢駅、井の頭線では池の上駅からの方が近い。
<キャンパスの外>
第Tキャンパスと第Uキャンパスの間の土地も、もともとは駒場農学校の敷地であったが、昭和4年(1929年)に加賀百万石の前田家の本郷にあった土地と交換することになった。そこに前田邸が建てられ、現在は駒場公園と、周辺の低層住宅地となっている。駒場公園には旧前田侯爵邸が残されていて、休日には建物の中を一般に無料公開している。また公園内の日本近代文学館では、日本の近代文学関係の資料が展示され、文学者が自作を朗読する催しもある。
そんな駒場公園の隣には、英語で運営しているアミーチ幼稚園があり、さまざまな国の幼児がいて国際色豊かだ。
駒場第Tキャンパスに隣接する駒場小学校は、昭和7年に菅刈小学校の分教場として開設された。敷地の中には、明治天皇の行幸碑があり、明治3年に陸軍の最初の統合演習があったときの閲兵を歴史に刻むものだ。明治11年1月に駒場農学校の開校式が行われた時の行幸については文献にも見られる。淡島通りの南側には陸軍騎兵実施学校などもあって、ここにも明治天皇、大正天皇の閲兵を記念する碑がある。それ以前には歴代の徳川将軍が鷹狩ということで定期的に足を運んだ土地でもある。
駒場野公園と井の頭線の線路を挟んである駒場国際交流会館は旧称の留学生会館と呼ばれることが多い。RAという住み込み学生アドバイザーがサポートしている。世界各国からの留学生が滞在する場となっていて、駒場キャンパスにふさわしい。
渋谷WESTの西側の境界は、淡島通りの南側も含め、学校関係施設があたかも壁のようになっている。
<文化活動をサポート>
学校の他に少人数の受講者に教える教室も多い。フランス語のプリモ、音楽の、エコール・ド・アンサンブル、ギタリスト鴻池薫氏の音楽スクールカイノアミュージックアカデミー。更に、バレーの清水純子バレースタジオ、タップダンサー粟村勝氏のDANCE
STUDIO、井の頭線の神泉へのトンネルの手前にレンタルスタジオ・スペースエスパシオ・デ・ラ・クレアシオンがあり、祥子バレヱ研究所やsalsaの森若菜さんによるwakanOn2
salsa factoryのレッスン会場となっている。
スペース アイ・エヌ・ジィでは手作りの小物類を販売すると共に、地下教室で
さきおり、書道の定期教室やワンデイレッスンも開催している。
書道では天真書道院が町会事務所の並びにある。