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<陸軍の街>

淡島通りの松見坂上からNTTデータの研修所までの区間とその周辺の地域。通りの南側が大橋、北側が駒場だ。

淡島通りの南側には明治になるまで、薬草を栽培する御用屋敷があった。明治24年(1891年)に陸軍騎兵第一連隊の兵営ができ、翌25年には近衛輜重兵大隊の兵大隊の兵営といった陸軍の施設ができた。そのため騎兵の馬が道路を通り、子供に危険が絶えなかったともいわれる。

騎兵第一連隊のなごりとして、筑波大付属高校の横を入った、丘の上のマンションMasterview Residenceの裏の崖淵に、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の主人公の一人秋山好古が明治29年に騎兵第一連隊長であったときに記した征清の役戦死者哀悼碑がある。この丘は騎兵山と呼ばれていた。また、駒場高校のグランドの上には、明治天皇、大正天皇が閲兵をしたことを記す天覧台の碑と由来記があって、陸軍時代をしのばせる。

旧陸軍の用地の跡には、目黒区立第一中学校都立駒場高校都立芸術高校筑波大付属駒場中高校駒場東邦中高校、警視庁第3機動隊、公務員住宅、東邦医大付属大橋病院ができ、旧兵舎を利用して社会福祉法人の愛隣会が作られた。愛隣会では特別養護老人ホーム駒場苑学童保育クラブ、知的障害者厚生施設、高齢者在宅サービスセンターなどの経営をしている。

<こまばエミナース>

また、国民年金中央会館として建設され、現在はホテル・宴会場・ホールとして利用されているこまばエミナースの存在も目立つ。こまばエミナースはビジネスホテルとしての利用に手頃なほか、目黒区、世田谷区のさまざまな団体の会合の場として貴重な施設だ。食事や打ち合わせの場としても利用しやすい。更に地下の劇場型ホールでは、入場無料のものも含め、さまざまなコンサートなどの催事が行われる。社団法人全国国民年金福祉協会連合会の所在地ともなっている。

<駒場の街>

淡島通りの北側は昭和の初期に偕行社目黒住宅という陸軍将校の宿舎となり、将軍の私邸も建てられた。淡島通りには軍人を客とする店が並んでいたそうだ。この一帯は、昭和20年5月25日に最後の東京空襲により焼け野原となった。 奥には日本工業大学駒場高校がある。平成20年3月までは東京工業高校と呼ばれ創立100年を迎えた歴史ある学校だ。

淡島通りの南側は、駒場高校、こまばエミナース、愛隣会と、大きな施設が並ぶのに対して、北の駒場側は、古くからの小型店や事業所が多い。蕎麦の福島屋から始まり、音楽喫茶室カフェ・アンサンブルまでさまざまな店舗が点在する。駒場1丁目駐在所は駒場高校の前になる。カフェ・アンサンブルに隣接するスペースは、郵政省の施設があった場所を目黒区が買い上げ、平成20年1月に駒場野公園拡張部分としてオープンした。NTTデータの研修所との間の信号が世田谷区との境界となり、片隅の〆切り地蔵が駒場を守っているといわれる。

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