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<玉川通りの過去・未来>
大坂は赤坂見付けと厚木を結ぶ厚木街道で一番険しい坂道だったそうだ。現在の通りができたのは玉川線が開通した明治40年で、それまでは日本ナザレン教団目黒教会の前の道が街道だった。
旧山手通りとの神泉町交差点の少し大坂橋寄り、大坂上バス停から下りはじめ、目黒川を渡る大橋の手前まで下り勾配がつづく。目黒区と渋谷区との区界の神泉町交差点から、世田谷区と区界にある目黒川の大橋までの間、歩行者が渡れる信号はない。その区間が目黒区だというと分かりやすいかも知れない。目黒区で唯一の国道ともいわれる。
昭和39年(1964年)の東京オリンピックに間に合うよう、玉川通りは拡張されたが、昭和44年(1969年)までは路面電車が走っていた。地下を走る新玉川線ができて、池尻大橋の駅が誕生したのは昭和52年(1977年)のことだ。
大坂橋ができたのは山手通りが下をくぐるようになってからだから45年ほど前だろうか。
玉川通りの上を走る首都高速道路ができたのは昭和46年(1971年)。昭和44年から昭和52年までの玉川通りに電車が走っていない時期だった。
この大坂橋の周囲は平成22年(2010)年には高層ビル街になっている。神泉町交差点の南平台の角地には現在計画中の高層ビルができるだろうし、大坂橋の青葉台3丁目側には住友不動産が地上33階地下3階、ということは山手通りからは地上46階の高層ビルが建つ。大橋ジャンクション建設にともなう再開発では、27階建てのマンションが平成21年4月にできる。このあたり、「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」の街並み景観重点地区にも指定されている。
<大坂橋>
大坂橋の青葉台4丁目側にはKDDIのビル、三菱東京UFJ銀行の青葉台分室ビル、さまざまな地図を売っている日本地図センター、住友不動産の青葉台ヒルズ(11階建て)がある。六本木ヒルズがヒルズ族を生み、表参道ヒルズもできたが、この青葉台ヒルズができたのは平成7年(1995年)のことだ。 カスケードマイクロテック、ダンアンドブラッドストリートジャパン、ガートナージャパン、東芝OAコンサルタント、IMSジャパン、大学発ベンチャーとして注目を集めているエフェクター細胞研究所、アットネットホームといった特色のある会社が入居している。
山手通りの反対側には、理学療法士養成の専門学校、東都リハビリステーション学院がある。崖の上は大橋・駒場地区の氏神である氷川神社だ。天正年間(1573-1592)からこの地に鎮座しているとのこと。氷川神社の階段の隣に大橋交番があり、その横では区ト間という風変わりな名前のバーが営業している。
大阪橋の橋の下には目黒消防団第一分団の小屋もある。
<大坂上>
坂の上、神泉交差点の青葉台4丁目側角のビルのAMPMの奥には雪下歯科がある。旅館の雰囲気のあるホテル福田屋は住宅地の中だ。この一帯、表通りを入ると普通の住宅地なのだが、これからどう変わっていくのだろうか。ロックバンド11-A REPUBLICによるバーdualpop cafe 2531が営業している。